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■ジェイムズ・デプリースト/バイオグラフィ

 

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1936年
11月21日
James DePreist /フィラデルフィア生まれ
(名コントラルト マリアン・アンダーソンは叔母にあたる)

※1935年生まれ:小澤征爾
※1936年生まれ:デュトワ/メータ/インバル/ジンマン
※1937年生まれ:アシュケナージ


  ペンシルヴァニア大学にて、
経済学&科学、映画などを含む修士号を取得

1959-1961年
フィラデルフィア音楽院にて、
ヴィンセント・パーシケッティに師事。指揮者を志す

1962年
アメリカ国務省主催で訪れていたバンコクで
小児麻痺(ポリオ)に侵され、両足麻痺に。

1963年
小児麻痺を克服

1964年
ミトロプーロス国際指揮者コンクール優勝(アメリカ人初)

1965/66年
ニューヨーク・フィルハーモニック副指揮者に就任(音楽監督:レナード・バーンスタイン)

「人種の問題ではなく、国籍の問題で」ポップス・コンサートの依頼が多かったため
交響曲の基礎を学ぶべく、ヨーロッパを志向することに。


1969年
ロッテルダム・フィルの指揮台からヨーロッパ・デビューを果たす

ストックホルム/アムステルダム/ベルリン/ミュンヘン/
シュトゥットガルト/ベルギー/イタリアなどを客演

音楽財団 マーサ・バイアード・ロックフェラー賞を獲得


1972年

フィラデルフィア管弦楽団の指揮台に初めて登場する

1972-1975年
前年にアンタル・ドラティの指名を受け、
ワシントン・ナショナル交響楽団・准指揮者に就任

1976-1983年
カナダ・ケベック交響楽団・音楽監督に就任

1980-2005年
アメリカ・オレゴン交響楽団・音楽監督に就任(現在は、桂冠指揮者)
世界トップクラスの定期会員契約率を誇っていた。

1991年
スウェーデン・マルメ交響楽団・首席指揮者に就任

1994-2001年
モナコ・モンテカルロフィルハーモニー管弦楽団・首席指揮者に就任
(1998年には、二度目の全米ツアーを敢行)

1994年〜
東京都交響楽団の指揮台に初登場&客演開始

1997年
北米の主要オーケストラを数多く客演
ヘルシンキ・フィル&ボストン交響楽団との演奏会が大好評を博す
2月 故マリアン・アンダーソン生誕100周年記念演奏会(カーネギーホール)

1999年
タングルウッド音楽祭・最終日の公演を指揮(以降、毎年登場)
アスペン音楽祭50周年記念オープニング公演を指揮
フィラデルフィア管弦楽団「Wolftrap(ヴォルフ・トラップ)コンサート」に登場

2003年
スヴォボダ作品集(Albany Records)がグラミー賞ノミネート

2004年秋
ジュリアード音楽院(指揮科&オーケストラ学科)の監督に就任
フェニックス交響楽団/アーティスティック・アドヴァイザーに就任
(2004-5年シーズン)

2005年4月

2008年3月
(任期満了)

東京都交響楽団 常任指揮者に就任
 

13の名誉博士号を授与される

アメリカ芸術科学アカデミー&スウェーデン王立音楽アカデミーのフェローに選出される

フィンランド獅子勲章コマンダー授章& カナダ・ケベック市名誉メダル

2005年11月10日 National Medal of Arts(アメリカ合衆国での文化勲章)を授与される

自作の詩歌集も2冊出版済(邦訳版は無し)

 
 


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